「訪問の際にはあらかじめアポイントを取っておく、ってお前ら人間の常識だろうが。せめて自分らで守ってもらえる?! これだから最近の勇者は困る。いつ襲撃しても魔王は待ってると思ってんだろ。あのなぁ、こっちだって暇じゃねぇの! 生活と仕事があんだよ。そっちの都合に毎回合わせられると思うなよ!」
足元まで隠れる黒のコートをはためかせ、一方的に言い放つ男。
金の目は爛々と輝き、一直線に私を見下ろしている。
空間ごと支配するような威圧感。他の注目をほしいままに集める存在感。
憎々しげに吐き捨てるセリフは、内容も語調も強い。音と一緒に漏れる魔力は、人のものとは思えないほど濃い。
全力の、ラスボス感。
確信する。この者が、魔王なのだと。
望んでいたのは私だが、まさか、こんなあっさり魔王とまみえようとは。
だが、気圧されるわけにはいかない。
「今日はたまたま俺が城にいたからいいものの、いなかったらって勝手に城のもの壊しやがったら、」
その魔王は、まっすぐに私を見て言葉を続けた。視線に含むは、非議の意。
「したら?」
受けて立つ、その覚悟を込めて、私も一言を返した。余裕を装った語意に含むは、心からの敵意。
私は、魔王を倒すために来た。
その事実は変わらない。
目の前にいるのは、母と父の仇だ。村を滅ぼしたその元凶だ。
諸悪の根源は、先の跳ねた黒い髪を揺らし、当然と言うようにニヤリと口を歪ませた。突きつけられた指先が、私をとらえる。
小さな足音ですら耳につく大広間に、朗々とした宣言が響く。
「優良品にして弁償してもらうからな!」
あ、世界を滅ぼすとかじゃないんだ。
階上にいる魔王は、こちらの反応を待たずに廊下を歩き始めた。吹き抜け式の広間を囲うように作られた廊下の両端は階段になっており、それで降りてくるつもりだろうことは予測がつく。
ツカツカと迷いなく足を進める。黒のコートが慣性に従って揺れる。
「アランさん、受け付けは済ませてあります」
「あぁ、了解」
「エントリーシートの方、回収してもらっていいですか?」
「ん、」
先ほどのエルフが、追いかけながら声をかけているのが見える。
変わらず丁寧な敬語に、気安さを混ぜたやり取りが、まるで仲の良い仲間同士のようだ。
いまだ目の前にいる身長推定150センチメートルが「今日はだいぶ機嫌がいいのだ」と呟いた。あの様子で、と反射的に思うが、何も言うことはない。そしてみことは司の手招きにしたがって駆けていった。
広間には、私一人が残される。
魔王城に入ってから、約半刻。
短いとも長いとも形容できない時を経てついに、静かにこちらを見つめる魔王が、目の前に降り立つ。
魔王の首輪から滴る鎖が、じゃらりと音を立てた。
「俺が、この組織の頭首ミラージュ=アランだ。今日はこの忙しいときに魔王城へようこそ。あ、用紙の裏に個人情報取り扱いその他もろもろに関する同意書があるから、サインだけしといてくれ」
目の前に来て、さらに感じる。恐ろしいほどの魔力。口を動かすだけで漂う威圧感。
だが、やはり、いまだに害意を感じなかった。敵だとも思われていないような、本当にただの客人のような。
漠然とした生ぬるい親しみやすさと、興味の薄い歓迎の意。
私が勇者で、魔王を殺しに来たことを、知らないはずがないのに。
「……何故、こんな回りくどことをする?」
それは、ここでの対応を受けてからずっと感じていたことだった。
勇者と……、
「勇者と魔王が殺しあうことに理由が必要なのか、ってところだろ?」
私が内心で呟いたセリフそのままに、ミラージュ=アランは言葉を紡ぐ。
心を読まれたのかと眉をひそめる私に、魔王は薄く笑みを浮かべる。
「じゃぁ逆に訊くが、魔王を倒してお前はどうするつもりなんだ? 一体どこにどんな影響が出ると思う?」
「なっ…! そんなもの、世界の平和と人々の平穏が…!」
「具体性に欠ける。言っておくが、俺はむやみやたらと人を殺したことはないぞ」
しれっと告げられるその言葉。
「ふざけるな! 私の村を襲ったのは魔物の軍勢だった!」
信じられなかった。
「あー、出身はアレフヘイムか。そういえば最近、魔物出現報告が来てたっけ」
私が声を荒げても、魔王の態度は変わらない。むしろ冷静に、思い出したように回収した用紙を眺めて呟く。
「白々しい! 魔物を統括するのが、」
「魔王の仕事だって?」
眉をひそめて、正気を疑うような顔で即答された。
思わず表情に「違うのか!?」と出てしまう。
こちらの焦りに対し、余裕を崩さないミラージュ=アランの態度が腹立たしい。
「そもそも“魔物”なんて区分があいまいなのに、人間が勝手に魔物と判断した生き物を管理? 統括? お前ら人間は魔王を何だと思ってるんだ。自分たちが出来ないことを押し付けてるだけだろ。この年がら年中資金不足で困ってるうちの組織が、慈善活動みたく、まったく儲かりそうにない生き物の管理を、厚意で、するとでも? 」
馬鹿にしたように、嘲り笑う目。魔王は一旦言葉を切ると、後ろに控えるエルフへ用紙を渡した。
司というエルフは、驚く私を見てクスクスと声を漏らし、鈴のような声を震わせる。
「アレですね、魔王の仕事って『夜な夜な子供をさらって食べる』とか『世界征服を企む』とか思ってそうですね」
「人間なんて肉食性の動物は絶対まずい。それなら豚がいい。ついでに言うと今日は生姜焼きがいい」
「ふふふ」
「……」
私は、もう何も言えなくなっていた。
これまで信じていた恨みや常識は、私の理想だったのか。
否、信じなければよいのだ。これは魔王が私を陥れるための虚言、妄言、戯言。
そう思えたら、よかったのに。
魔王の理論は、理論でもなんでもないものだったのに。
妙な納得があるのだ。
よくよく考えれば、一般に言われる魔王の行動に、いったいどんなメリットがあるのかを、私は知らない。
「では、私は、何のために…! 父母の仇はどうしたら…!」
倒すべき存在は、倒されるべき存在ではなかった。
これまでの人生はなんだったのだ。
これからの人生をどうすればいいんだ。
思わず剣を取り落しそうになった、その瞬間だった。
「何のために頑張ってきた? そんなもの、俺を殺すためだろう?」
【魔王】
よく怒鳴るが、基本冷静。
イラスト:来さん@R2root
【エルフ】
司。つかさ、と読む。
イラスト:来さん@R2root
【勇者】にじみ出る全力の短気感。
【みこと】身長推定150センチメートル。