Y.WA.11

 

「待て。待て待て待て! なんで? なんでそんなことになった!?」

「往生際が悪いわよ! このあたしに好かれたからには、逃がしてなんてあげないんだから!」

「完全に人生の罰ゲームじゃねぇか!」

「惚れたからにはもう遅い!」

「ダメだ人の話聞いてねぇ!」

 

 夜が明けた。外はもう街灯が消え、朝から復興のために働く街民の声が聞こえる。

 要・片付け項目だったガレキおよびゴミのほとんどが図らずも消え失せたことにより、目に見えてすっきりとした魔王城の大広間。最近は砂ぼこりに隠れがちだった乳白色の大理石が輝いている。

 さすがはアランさんの能力ですね、なんて感心しながら、司はぎゃんぎゃんとうるさい二人を眺めた。

 

「お前なぁ! おっさんはどうしたんだよ! 初恋だろ!」

「昔の男は思い出になるものよ」

「さっきの今で潔すぎるだろぉぉ!」

 アランの叫び声が悲痛である。

 ――蓼食う虫も好き好き。昔から厄介者に好かれる傾向にある魔王だったが、今回もか。

 そのすぐ後ろに控えて、司は薄く笑う。

 まぁ言って、僕が一番厄介でしょうけどね。

 焦りまくったアランの喚き声は、すがすがしい陽気の中で醜く響いていた。

 

「ちょっと待て。落ち着け。《花の砂縛》が恋だから、すぐに好きな人を見つけたいのは分からなくもないが、すぐに近場で探すのはやめろ。学生か。校内で彼氏をつくる学生か」

 

 片手で軽く頭を押さえながら、苦々しく説得する。

 しかし、その答えは決まり切っていたかのようにツナミの余裕は揺るがない。

「……別に彼氏になってほしいんじゃないわよ。あたしが好きでいるだけ。あんたには何も求めてないわ」

 冷静に返す花人は、薔薇が満開に咲いた髪を手で払う。首を垂れる蔓がびよん、と揺れる。

 

「……ならいい、とは言い切れんがな」

 

 広間の中央で突っ立ったまま腕を組むミラージュ=アランは、眉をしかめて神妙な顔でぼやいた。

 恋だの愛だのが原因で起こる騒動は、元上司ヲリヴィヱ・ヨトゥンヘイムに過去何度か巻き込まれている。

 というか今回もだけど。

 いざこざの渦中にいただけで大変だったのに、まさかの当事者ならば、その苦労は言わずもがな。

 アランの脳内予想に警告灯が点く。

「と言っても、ほかの人がどうかは知らないけどね。少なくともあたしは、見返りを求めたりしないわ」

「……俺は、感情を返すことは絶対にないぞ?」

「それでいいのよ。返されたら、」

 ……あたしも、どうなるか分からないから。

 ツナミは小さく付け足した。

 そのセリフは、外から聞こえる朝の喧騒に紛れて、か細く消えていく。

 

「何か言ったか?」

「いいえ、なんでも」

 ツナミはわざとらしく芝居がかった動作で襟を正す。それ以上、セリフを続けることはなかった。目だけは、魔王の首から滴る鈍い金色の鎖をしっかり捉える。

 口を開いたのは、アランの方だった。すらりと立った立ち姿。白い陽光がコートを焼く。ジャラリ、と二本の鎖がぶつかる音がした。

 

「というかお前こそ、おっさんとどこで繋がりが?」

 眉間にしわを寄せた、素朴な疑問。

 ヲリヴィヱはあー見えても、間違いなく《英雄》だった。憧れるだけならまだしも、気にかけて遺言を残すほどの関係を軽々しく作れる相手ではない。実態はともかく、実際は一般人にとって雲の上ともいえる存在だった。

 

 あのヲリヴィヱが、最期に言い残した人物。世話を頼む、とまで言わせた人物。その女が今、アランの目の前に立っている。

 真剣な視線を受け、あたし? と反射的に口にしながら、ツナミは下唇に指先を軽く宛てた。

 尋ねられたセリフを飲み込み、理解し、……次の瞬間、目を見開く。

 

「え? あたしのことを訊いてるの!? まさか、あたしに興味が出てきたの!? え、やだ、気が早いわよ! どうしよう嬉しい!」

 若苗色の左手が頬を覆う。喜色に染まった甲高い声が上がる。

「おい、勘違いするなよ。お前がおっさんの関係者とか言うから……」

「そうよね、お互いのことをちゃんと知らないとダメよね。大丈夫、あたしの経歴も、好みも、どれだけ一途かも、全部説明するから」

「いや、そこまでは要らん。おっさんとどうやって知り合ったかだけで、」

「ガーディアン、については当然知ってるわよね?」

「やっぱり人の話聞かねぇなコイツ!」

 ガシガシと頭をかくアランをよそに、ツナミはさっさと話を進める。

 

 ツナミが発した組織の名前。ヲリヴィヱが言い残した組織の名前。

 そして、アランと司が一年前まで所属していた組織の名前。

「あたしとヲじさまが何故知り合いだったかなんて、簡単な話でしょう? 組織ガーディアンの関係者だったからよ」

 その組織を知らない者など、今この大陸には存在しないだろう。

 

 政治、経済、環境や教育、個人の生活指針に至るまで、すべての要素を取り仕切っていた巨大組織。

 一年前まで「義」の街に本拠地を構えていた、世界共通管理機関。

 それがガーディアンだった。

 

 すべてを統治し、すべてを支配し、すべてを守る。社会は、ガーディアンという支柱を中心に、一つとなっていた。

「あたしの親は、そのガーディアン幹部の一人だった」

「幹部、ですか?」

 司が、すぐさま反応する。

「ええ。あんた達も会ったことがあるはずよ。ガーデイアン内部組織『情報屋連合』その総指揮官の男」

 

 ツナミが言う男のことは、アランも覚えがあった。直接深くしゃべったことはないが、上司とはよく話をしていた人物、堅物そうな雰囲気の、笑わない男。名前は。

 

「破斗、だったか…?」

 

 アランが確信のない記憶を、確認するように呟く。ツナミは、それも当然だと言うようにうなずいた。

 情報屋連合は、情報屋と編集者たちで構成されたガーディアンの内部組織である。

 『エサ』と呼ばれる世界各地の通達、速報、声明、新事実などを集め、『記事』として人々へ発信する。

 その情報の流れを取り締まるのが情報屋連合の仕事だった。

 

 扱う記事には、世界経済や国家の動向かかわる重要事項もさることながら、趣味やゴシップなどの流行り物も含まれており、集まる情報量は計り知れない。

 そして、それらすべてを整理し、まとめ、公表するという事業の重要性は高く、組織規模でいえばガーディアンの中でも一、二を争うほどだった。

 そんな、内部とはいえ巨大な組織の、総指揮官。

 

「編集者のトップでありながら、情報屋たちとの窓口でもあったわ。そして記事の内容を公表するかどうか、どのタイミングで流すかも完全にコントロールしていた。そんな責任感の強い、真面目で、合理主義なビジネスマンを、人々は畏怖を込めてこう呼んだ」

 

 別称、と聞いてアランの記憶が一気に顕わになる。本名よりも有名すぎる通称、それならばよく聞いていた。印象深いその通り名を、ツナミが神妙な顔ではっきりと、アランが思い出したようにぽつりと、口に出す。

 

「「伝書鳩」」

 

 司の頭に、ポッポーと鳴く白い鳥が浮かんで、パタパタと飛んでいった。

「……当時から思ってたんですけど、あの名前って、だれが言い出したんですか?」

 言外に「どうかと思う」と匂わせる司に対して、ツナミは自慢げに語気を強める。

 

「決まってるじゃない。幹部でも潰せない発信源なんて、一つしかないわ」

 情報連トップの、さらに上の人物。それすなわち、巨大機関ガーディアンの頭首にして、最後の『英雄』。

 

「ヲリヴィヱ・ヨトゥンヘイム。ヲじさまね」

 

「……あのおっさんは人に変なあだ名つけねぇと気が済まないのか?」

 アランが呆れたように溢すと、隣にたたずむ司が弧を描いた瞼をかすかにしかめた。親愛にまみれた英雄様の声が、耳に残っている。

『ねぇ、オオサンショウウオちゃん』

 あの人は、何がおかしいのか楽しげに笑いながら司に呼びかけるのだ。

『愛してあげなよ。きっとみんな待ってるよ。……嘘だけど』

 ……ふざけないでください。名前より長いじゃないですか。司は無言のまま預言書のページに指をかける。べらべらと乾いた摩擦音が城内に響いていた。


「そんなわけで、あたしは親のコネでヲじさまと出会い、そこから目をかけてもらってたの。最初に言ったでしょ? 魔女と呼ばれた情報屋。あたしは破斗の下で、旅とスクープの日々を送ってたってわけ」

「その伝書鳩と連合は、やはり……」

 

「もちろん。一年前のあの日、ガーディアンと一緒に崩壊したわ」

 

 世界を牛耳る巨大組織ガーディアンは、あの日一夜にして消滅した。

 当時、英雄の権威は最高潮。機関が滅ぶことなど、当然誰も考えられなかった。

 けれども、事実ガーディアンは、もう存在しない。崩壊の原因、理由、犯人も動機も、いまだ分かってはいない。


 ツナミはただ静かに、一年前の今日、じゃなくて昨日のことを思い出していた。

「この街は組織に染まりすぎていた。あたしはあの日、遠く離れた丘の上から炎と煙に包まれる街並みを見たわ。燃える城。崩れ落ちる内部ギルドの拠点、研究所、教育機関。不思議と人の声は少なかったわね。ただひたすら、建物とともにガーディアンの存在が消えていくのを見た」


 そうなっていたのは、「義」の街だけではない。大陸中の街で戦火が上がった。

 世界各地にあった支部や関わりを持っていた別組織・企業は、一晩で廃墟と化した。そして建物とともに、働いていた役員もまた、形跡一つ残さず消えていた。情報連でも、拠点で編集する社員含め、組織内部を知る者全員が死んだという。

 それは、いくら情報屋連合総指揮官の破斗であっても。


「……ってことはお前、あの崩壊で親が……」

 察したアランが眉間にしわを寄せる。

「そうね。おそらく破斗も死んだわ。誰にやられたのかは、知らないけど」

 対してツナミの反応は、異様なほどあっけらかんとしていた。

「あたしは恋に生きるから、恋愛対象外はどうでもいいの」

 腕を組んだ姿勢のまま、淡々とツナミは言う。


 これは、至極単純な事実として。

 さまざまな事情が重なった結果、ツナミは育ての親の死を嘆くことはなかった。

 表立って喜ぶこともしなかったが、心のどこかでは未来に惑う開放感が芽を出しそうになり、次の瞬間には間引いて捨てた。

 悪い親ではなかった。だが、良い父でもなかった。職場の上司としては尊敬する部分もあったが、ああなりたいとは思わなかった。


 ただ、それだけのこと。

 薄情だと非難を浴びそうな、自己中心的感情論。

 ドライすぎるいわくつきの親子関係。

 ツナミはそんな実情を明かすつもりもなかった。それこそ、他人にとってはどうでもよい内部事情であることを、理解していた。

 そしてなにより、ツナミは花人だった。花人である彼女にとっては、何よりも優先する動力源が、他に存在している。


「やっと自由に恋ができるようになったのよ? 放任と解放は違う。あたしは、ようやく解放されたの。ちょっと生き場が分からなくて、標を他人に任せたくなったけど、……もう、迷わない。自分のことは自分で決めるわ」


 堂々と言い放ちながら、ツナミは最後に思い出す。あの時最後に会話したヲリヴィヱ・ヨトゥンヘイムは、この事態を予測していたのだろうか。

 情報屋と連合の関係は、アルバイトのようなものに近かった。「良いエサを見つけたら送る」というだけの仕事は責任が軽く、同時に組織との関連も薄かった。

 だからこそ、ヲじさまはあたしに情報を与えた。

 だからこそ、あたしは粛清を免れ、生き残った。

 もう、ツナミを縛り付けるものはない。指示を出す人も、ノルマを言い渡す人も、手柄だけを持っていく人もいない。同時に、無条件で保護してくれる人もいない。もう、子供で居ていい期間は過ぎ去ってしまった。

 白色鮮やかな、朝日の中。

 ツナミは両の拳を胸の前で突き合せ、軽く首を垂れる。


「あたしはツナミ。この美しい身体と、紅く燃える魔法で、魔女と呼ばれた情報屋。魔王が治める組織、名は?」

「……ヴィランズ、だ」

 アランが一言つぶやいて、沈黙を補う。

 その返答に、ツナミは目を伏せたまま薄く笑った。


「……組織ヴィランズへの入団と忠誠を誓うわ。あたしが、魔王とその組織を、最高のモノにしてあげる!」


 そう言って頭を上げると同時に、薔薇の花が枝垂れ座く。

 瑞々しく、艶やかに、髪を彩る真紅の薔薇。

 余裕と自信に満ち溢れた錆浅葱色の瞳は、意志を感じさせる煌々とした光を放っている。

 ツナミはもう一度あたりを見渡した。醜かった調度品やガレキの山がなくなり、《始まり》を体現したような、まっさらな大広間。

 これから自分の存在を自分で勝ち取るのだという意思表示に思えた。

 ステンドグラスの隙間から墜ちる木漏れ日に照らされる赤色の花人は、どんな花よりも、どんな女よりも、ただただ美しかった。


「………」

 正面に立つ魔王は、薔薇の花をまっすぐ観賞して目を細める。

 まさか、こんな早くに口に出すとは思っていなかった。

 ガーディアンが崩壊した夜。あの時己が告げた、マニフェスト。自分で掲げた、経営理念。


「ヴィランズは、居場所亡き者の居場所となる組織。過去の結果も、組織への利潤や損害も、生い立ちも種族も地位すらも関係がない。誰の元にも寄る辺がなく、どこにも居ることが出来ない者だけに、等しく絶望の恩恵は与えられる」


 静かな言葉だった。

 とぅとぅと過ぎていく時間に酔い、しゅくしゅくと静まる空間を呑む。

 

「ようこそ、組織ヴィランズへ。魔王ミラージュ=アランが、お前を歓迎しよう」

 

 朝日に包まれた厳かな空気の中、魔王と魔女は静謐に嗤った。

「……では、ヴィランズ創業の式典を、再開しましょう」

 気温の上昇を身に染みて感じ始めた頃。ぽん、と手を打って切り出したのは司だ。


 そうだった。夜が明けてしまったので昨日になるが、この日はもともとヴィランズ活動開始の日だった。いろいろあって中断していたが、本来するべきは初めの業務。

 催事に伴う預言書を携え、司はアランに発言を促す。

 一日遅れてしまったが、もう構わない。アランは軽く眉を上げ、小さくうなずきながら、すぅと目に力を入れた。


「では、これより、組織ヴィランズの発足を……」



 宣言、したかった。

 

「待ちなさい。最初から言ってたけど、地味で話題性のない儀式ならしない方がましよ!」

 鋭い制止が飛ぶ。さっと司の手から預言書を奪い、片手でぞんざいに肩にかけてツナミは目を歪めた。言葉が続く。


「誰に向けてなんのアピールなのか、その効果を考えないで、ただ形だけ取り繕えばいいってもんじゃない! 魔王が組織を作り、この世界に君臨する。その意味は何? 狙っている効果は? これから組織を運営するにあたって、どんな業務を負うにしても、それなりの認知度は絶対条件よ。ならば、もっとも宣伝効果のある手段をとって、全世界の人間に期待と絶望を与えるスタートを切らないと、開業初っ端から躓くわ!」


 もう片手でビシリ、と魔王を指さし、単語の端々に力を込めて言う。

 目を吊り上げ、半ば焦ったように述べるツナミのセリフには、なるほど言う通り、情報屋としての業界事情が垣間見えていた。

「グラムノートに書いておけばいいと思ってたが……、」

 アランが頭上に疑問符を打ちながら尋ねる。その後ろにいる司も、純粋な疑問として首をかしげていた。

 こちらが提示できる情報を、機関に送り届けるシステム、グラムノート。冊子に書き込んだエサが自動的に情報屋機関に送られる仕組みになっていた。後の処理をするのは向こうの仕事だ。


「馬鹿ね。言ったでしょう? ガーディアン付属の情報屋連合は、もうないの。もし今情報を送ったとしても、管理するのは組織《コーツ》。この一年で新たに発足した力のない情報屋機関よ。まだまだなにも分かってないヒヨっ子組織に、高額なエサを与える必要はない!」


 魔女と呼ばれた情報屋はひとつ息をつく。まったく分かってないんだから、と呟きながら眉間のしわを伸ばした。その表情は、しかしどこか楽しげでもある。


 情報は信用が命。しかし発足して一年足らずの組織ではまだ力がない。

 きっと今情報を渡したところで、その信用を得るための道具にされるだろう。ヴィランズという組織が誕生したという内容よりも、コーツという組織の有力性を示すために利用される。

 『こんな特ダネ記事が書ける組織ですよ』という証明は、何よりも情報屋の能力を、従っては機関の力を表すからだ。


「でも、それじゃ不十分。情報は鮮度が大事、なんて言うけれど、来た情報をそのまま垂れ流すだけの情報機関なんて、三流組織もいいとこ。情報が持つ力を正しく把握して、場合によっては寝かせた方がいいこともあるわ。今回は、魔王組織が誕生したという恐怖と絶望を、人々に知らしめなきゃいけない。そのためには、書面だけでの発表なんて軽すぎる。もっと、大陸中の人に体感させるぐらいのインパクトが必要。現在は情報屋もそうだけど、世間情勢としても、魔王の誕生をちゃんと受け止められる土壌がないの。軽く扱われる情報なら出さないほうがましよ」


 ガーディアン亡き今、世界はいまだ混乱の渦の中にいる。確かに、そんな中で『魔王の誕生! 世界に危機が訪れる!』と発表したところで、それよりも明日の生活が大変なんだよ、と返されそうだ。


「じゃぁ、今日開業はしないってことか?」


 当初の目的すら達成できそうにない予感に、アランが不審な目を向ける。

 しかし、すぐさまツナミは、まさか! と声を上げた。

「いいえ。設立の処理はしておくの。だから、創業の日付は今日……あれ? 昨日にしておく?」

 言いながら疑問に思ったようで、ツナミは軽快な口調で語尾を上げる。考え込むアランの困り顔に向けて、内心で笑った。

 惚れた男が損するようなことを、あたしが言うはずがないじゃない。


「そんなことが可能なんですか?」

 眉をしかめて司も言葉を発する。

「もちろん。情報を扱うということは、記録を扱うということよ。情報が積もって記録になるのだから。あいつらにエサを売らず、記録として処理をする。そうすれば、事実はそろっていても話題にされることはない。世間の水面下で業務を行うことが出来るわ」

 得意げに、ツナミは言う。


「そして来るべき日に私たちで発信しましょ」


 ニヤリと笑みを浮かべて、強い口調で提案する。こう見えても、この業界の仕組みならば知り尽くしていた。情報屋に成りたての、雛鳥のような新人には出来なくとも、あたしなら出来る。ツナミには自信があった。

「来るべき日、か……」

 アランは繰り返して呟きながら、目を閉じる。


 城に籠っていただけでは、情報の仕組みなど分からなかった。これから一人で社会に出るためには、もっともっと知ることがある。ヲリヴィヱの下についていただけでは知り得なかった、この世のさまざまなカラクリが、アランを待つ。

 それは、複雑に絡まった毛糸のように、両端だけが見える状態でこの世界に落ちているのだろう。ほどくことは難しく、切り離してしまってはもう一本には繋がらない。だが、理解し、制御し、世界を動かさねばならない。


「世界に力を知らしめる、そのタイミング……」


 もう俺は、《魔王》なのだから。

 そして、断言する。


「四年後」

 近い将来で考えて、これ以上の契機は思い当たらなかった。瞬間、司もまたその意図に気付く。


「ラグナロク、ですか」

 二十年に一回の武闘大会にして、大陸中が注目する世界最大規模のお祭り。一年間にわたるそのイベントは、世界中の企業にとって宣伝と売上げの大きな機会となる。


 そう、それしかないわ!


 ツナミは満足げに頷いた。大観衆と世間の注目を集める大舞台。実力という圧倒的な説得力を持って、魔王の力、組織の力を世界中に知らしめるには。


「勝負は四年後! 総決算ラグナロクにて、あたしたちは世界の敵になる!」


 愛する男のために世界を敵に回す、なんて、情熱的であたしらしいわ!

 お前もうほんと近場で探すのやめろ。誰かほかの男探せって……。

 目の前で続くごちゃごちゃとした締まらない会話を断ち切るように、司がにっこりと、しかしはっきりと宣言する。


「誰もが恐れ、怯え、苦しむ世界を作りましょう。今日はその始まりの日。……組織ヴィランズは、これより魔王場を拠点として活動を始めます」

 ね、と視線を向ける先。

 ミラージュ=アランは、自らに言い聞かせるように呟いた。


「魔王の名は世界に轟く」

 金色の瞳を一度伏せ、ゆっくりと開く。

 ぞっとする程の、毒々しい魔力漂う大理石の中で。

 

「さぁ、終わりを始めよう」

 

 おぞましく、美しく、魔王は嗤った。

 

 

 

 

業務その3  崩壊と創業 了

 

 

 Y.WA.11 魔王軍組織ヴィランズ、発足。

 そして、四年後の Y.WA.15。

 ヴィランズの三人は、総決算ラグナロクにて、華々しく優勝を飾る。

 

 唯一で絶対の魔王が、この世界に降り立つ。

 

Column

【アラン】

常識人魔王。現実主義。

ツッコミは正論を言う派。しかし聞き届けられることは少ない。

 

イラスト:浅葱さん@asagi_iii

【ツナミ】

だいたい人の話は聞かない恋する乙女。自分で決めたら一直線。一途ともいう。勢いに任せて生きてる。

 

イラスト:海づきさん

【司】

騒ぎから一歩離れて見守ってる系エルフ。助ける気はあまりない。魔王のためだけに動く。

 

イラスト:水々さん

【おっさんに巻き込まれた事件】

無駄にモテたおっさんの代わりに、女性との食事や観劇の約束を破った言い訳を考えること数十回。最後の方はもう何を言ってたかも覚えていない。怒った女に「これを伝えて」と言われてビンタされたことは一生忘れないけど。

【伝書鳩】

飛翔能力と帰巣本能に優れるハトを利用して、遠隔地へメッセージを届けさせる通信手段の一種、あるいはその媒介として使われるハトのこと。

【グラムノート】

預言書の、書物から書物に文字を伝達するシステムを研究、解明し、普通の人でも使えるメッセージ伝達ツールとして実用化させたノート。登録した2冊のノートの間で、片方が書いた文章がもう片方に浮き出る仕組みになっている。

 

【情報屋連合コーツ】

ガーディアン内部ギルド情報屋連合がなくなったため、新たに設立された情報統括組織。契約社員である情報屋がエサを探し、それを編集者が記事にする。街の人々は、毎日さまざまな記事を専用のグラムノートから受け取っている。

 

【総決算ラグナロク】

20年に一回、西大陸と東大陸の交流と称して行われる世界最大の祭り。武闘大会はもちろんのこと、ファッションショーなども行われる。注目すべき新作商品の発表会などをこの機会に合わせることは珍しくない。

 



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