Y.SO.14

 

業務その6  魔王による応対マニュアル

 

 

「魔王の殺し方を教えろ」

 

 ふてくされた顔でコイツが言いに来るのも、もう何回目だろうか。

「何度訊きに来たって、みことは答えないのだ。というか、みことでもできないのに、玻璃也(はりや)が倒すなんて無理なのだ」

「無理じゃない! そんで倒すんじゃなくて、殺すんだ!」

「う~~ん」

 みことが逃げるように一歩踏み出すと、小さい足が追いかけるように一歩半進む。幼い左目は逃がす気などなかった。まったくもってなかった。身長150センチメートルのだぼだぼ半ズボンに手を伸ばし、しがみつくように捕まえて、鉱石纏う影はギャンギャンと喚く。

 

「いいから、魔王の殺し方を教えろ!」

 

 世にも珍しい魔石と人間のキメラ、それが「玻璃也(はりや)」だった。

 右目と、目からこめかみを通った額の皮膚から覗く、数種類の鉱石。生えていると表現すべきソレは、玻璃也の顔に当たり前のように収まって、いびつな造形美を創り出している。

 見た目はみことよりもさらに幼い。キメラになる前の年齢は、確か七歳だったか。その割には言動がしっかりしているし、物怖じせずハッキリものを言う様は、アラン曰く「みことよりいろいろ考えてる」とのこと。やかましいわ。

 

 ここは魔王城。大広間を包む階段を上がった先の踊り場。

 巨大な機材を運ぼうとしていたみことの前に立ちふさがり、玻璃也は瞳にギッと力を入れる。キラキラと光を反射するのは、石か、眼光か。みことがもう一度名前を呼ぶのを遮って、少年は大きく口を開けた。鋭い視線で目いっぱいに叫ぶ。

 

「それと、おれは『玻璃也(はりや)』じゃない! おれの名前は」

「あ、バカ。やめるのだ!」

 腕がとっさに動く。みことは片手を伸ばして少年の口をふさいた。

 勢い余ってぶれる空気。重い機材がぐらりと揺れる。両手の安定感が片腕の懸念材料となり、機材はゆらゆらと、子供はむぐむぐと抵抗する。

 

「……もう人間のタクヤは死んだのだ。ややこしいことになるから、もう前の名前は使っちゃダメ、ってアランは言ってなかったのだ?」

 

 お兄さん風を吹かせてみことは言う。両手はもうすでに二つの不安定を制圧していた。ピタリと治まった機材が今度は少年の前に立ちはだかる。

 玻璃也はぐっと目を歪めた。力の抜けた手で、みことの腕を取り払う。うつむき、つぶやく。

「……あいつの言うことなんか聞きたくない」

 ほうじ茶色の目が覗き込んだその顔は、半分が無色の結晶に埋もれているといっても、到底納得の見える色はしていなかった。

「う~~~ん」

 

 ……名前、なぁ。

 

 少年の合成前の名前は、「タクヤ・ガレット」。

 都市『義』の商店街にあるペットショップ「断罪」の長男だった。

 ある日を境に少年はキメラにされ、いろいろあってここに連れてこられて、これからはこっちで通せと渡された名前が、「玻璃也(はりや)」。

 

 同じく魔王によって名付けられた身だが、みことには『すでにあった名前を捨てる』という感覚は分からない。呼び方が変わったところで、自分の性格が変わるわけでも、見た目が変わるわけでもないのに。

 困り眉に目尻を下げてキメラを見ると、尖った瞳がみことをギラギラと睨んでいる。その口からはいまだ魔王への殺意が見え隠れ……いや、全然隠れていなかった。

「魔王は……、おれが殺すんだ…!」

 しん、と嫌な沈黙が落ちる。

 玻璃也がここまでアランにつっかかるのは、名前を勝手に変えられたから、という理由だけではない。

「…………」

 

 少年には家族がいた。

 両親と弟、それとたくさんの動物たちがいたそうだ。

 だが、今はもう全員の死が確定している。

 そう、この死亡しているところが問題なのだ。

 みことが実際その様子を見たわけではないが、少年のいたキメラ研究所で、少年の弟を、少年の目の前で殺した者こそが、どうやら魔王ミラージュ=アランであるらしい。

 

「おれは、お兄ちゃんだから…!」

 

 魔王は、弟の仇だ。

 この一年。その憎き仇に拾われ、魔王城に引き取られたとしても、兄の復讐心が消えることはなかった。

 その結果が、幼い少年による渾身の「殺してやる」につながる。

 

 ……あー、もう。

 みことは内心でため息をつく。

 教育係を任されたものの、みことは玻璃也を完全に持て余していた。

 しかも昔の自分とちょっとダブる。理由を聞いても納得できないこの感じ。同じことを何度も説明されるこの感じ。

「う~~~ん」

 みことの覚えている限り、最初の数週間は正攻法だった。「殺してやる」の宣言通りに、正面から勝負を仕掛け、殴りかかり、腕のリーチ差で押さえつけられあしらわれた。

 するとこの少年はみことに尋ねるのだ。

「魔王の殺し方を教えろ」

 みことはちゃんと忠告した。

「そんなことはやめるのだ」

 しかし本人は聞く耳持たず、しかもみこと以外の仲間はみな「武器はどうだ?」やら「罠かけてみてよ」とか、ニヤニヤしながらぽんぽんアイデアを出していくから、耳を疑って。

「……みこと、魔王の殺し方を教えろ」

 いやでも、やっぱり駄目だったわけだけど。

 

 結果的に、少年があの手この手を使って魔王を殺しにかかる日々は滞りなく進んでいる。

 のちに「仕事の邪魔だから一日一回な」とアランからクレームが入ったり、ツナミに「魔王は肩を揉まれると苦しくて死ぬらしいわ」なんて言われて騙されたりしたが、それでも玻璃也は毎日復讐戦を挑み、……元気に成長しているのは確かだった。

 

 アラン、本当にこれでいいのだ?

 

 キメラの額から右目を覆う結晶の屑をうまく避けて、みことは自分よりも低い位置にある頭を撫でる。

「玻璃也(はりや)、何度でも言うのだ。アランは弟を殺したんじゃなくて、玻璃也しか助けられなかったのだ。だから、」

「うるさい! ……ヨウくんは、魔王に殺されたんだ!」

 

 玻璃也がみことの言葉を蹴散らすのも、もう何度目か分からない。諦めの悪いことがこんなに厄介だなんて。

 ……あー、もう。

 アランとか、みことですら敵わないのに。みことですら勝てないのに。

 みこととは違って拾われた恩を理解することもなく、みこととは違ってアランの大きさも解ってない子供を、どうしようもなく見捨ててやりたい衝動に駆られ、だが理性で抑え込む。

 

『みこと、いつかコイツが…………』

 

 だって、みことは頼まれたのだ。

 アランに。……初めての友達に。

 忘れもしないあの日、憔悴したキメラを背負って、みことが魔王城に帰ってきた日。抱えて持った少年の身体は、手と足がタオルで縛られ、右目には封印のためのテープが貼ってあった。

 パキパキという音を鳴らして封をはがしながら、アランはみことに告げる。いつかそうなることが分かっているかのように、はっきりと。

 

『みこと。よく覚えておけ。現状コイツの生きる目的は、俺を恨み殺すことだけだろう。……今はまだ、それでいい。理由は何であれ、生きたい目的があるのなら生かしてやれ』

 

 その、すべてを見通すような金の目をみたとき、みことはやはりアランの力は底知れないと思ったのだ。

 そして告げる未来予測図に現れる、己の名。

 その意味を、責任感を、重圧を、いや応なしに感じて、しかし拒否権などなかった。

 

『だが、いつかコイツが生きる目的も失って、生きる意味が分からなくなったら、そん時は……』

 

 アラン、みことは本当にそんなことができるのだ?

 子ども扱いするなとギャンギャン吠える子供特有の高い声をスルーして、ほうじ茶色の丸い瞳は階段上の大扉を見る。古びた木製の扉と荘厳な大理石の向こうでは、今日も魔王が資料に追われているはず。

 

『その時は、みこと、コイツはお前に任せるからな』

 

 あの日の重い一言を脳内で再生して、みことはまた一つため息をついた。

 

 

     ***

 

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