Y.KA.07


「魔王城へようこそ。面会のご予約はしておられますか?」

業務その1『魔王様のお仕事』

 ……は? なんのことだ?
 それが、入って真っ先に発した言葉だった。全力の、最初の第一歩踏み外した感。

 大扉を開けた瞬間に、話しかけてきたのは一人のエルフだった。
 「エルフだ」と断言できたのは、その見た目が聞き及んだ特徴と一致するからだ。
 光沢が眩しい銀の髪を後頭部で結い上げ、長い耳が露出する。淡い色のゆったりとした服は、話に聞くエルフ装束とみて間違いないだろう。モノクルの奥にある瞳は、緩やかなカーブで細められて笑みを作る。

 本来森の奥で生活しているはずのエルフ族が、なぜこんなところにいるのか。
 ここが魔王城、敵地の真っただ中という事実と、温厚として有名なエルフの出迎えが、どうしても私の目的と経過として釣り合わない。
 それが、私の警戒心をさらに募らせた。ゆるく構えた剣をしっかりと握りなおす。

 これもまた、敵の作戦なのかもしれない。こちらの動揺を誘っているのかもしれない。
 頭のどこかが冷静に判断し、冷静な対応として、落ち着いて口を開いた。

「…めんか、
「司ー、誰か来たのだー?」

 出鼻を挫かれた感覚に、開いた口が閉じるタイミングを失う。
 “つかさ”と呼ばれた先ほどのエルフが、声に気付いて軽く後ろを振り返る。
 薄暗さとは無縁の、日の光降り注ぐ乳白色を基調とした大理石の広間。その奥から小走りでやってくる男が、私の声をかき消した人物のようだった。あ、この男思ったより小さい。遠近法じゃない。

「みことさん、お客様ですよ。ほら、来客対応マニュアルその5」
「え、えっ? お、覚えてないのだ……」
「もう、これで何回目ですか?」
「うー…、ごめんなのだ……」
「今日は僕がしますから、ほら、隣りで見て覚えてくださいね」

 全力の、置いてけぼり感。
 みこと、と呼ばれた男、推定身長150センチメートルは、駆け寄ってくるなりエルフと話し込んでいる。ちらちらとこちらを確認してくる瞳に、警戒の色はない。
 きょとんと丸く開かれた茶色の目。上は軽い素材のポンチョ、下は同じ素材の半ズボンという軽装備。付属しているフードで頭を隠し、跳ね気味の深緑の髪が端々からはみ出ている。身長と相まって、表情もまたあどけない。

「……」

   落ち着け。これしきのことで動揺を悟られてはならない。
 私たちは何をしに来たんだ? 今日出発してからの緊張感はどこへいった?
 そうだ、私たちは魔王討伐に来たんじゃないか。
 今日ここで、私たちが魔王を倒し、世界を平和に導く。それこそが私たちの目的であり目標であり、使命である。

 おそらく、これも魔王の罠だ。
 ほのぼのとした空気に騙されてはいけない。柔和な笑顔の裏では、私たちを絶望に落とす算段が組まれている。
 そうに、決まっている。それが、魔王というものだ。

「申し訳ありません。ご予約がなさそうなので、今回のラスボス戦は出来ないかもしれないんですが、一応魔王様に訊いてみますので、こちらの書類に記入してお待ちいただいてもよろしいですか?」

 私が決意を新たに心身を引き締めると同時に、差し出されたのは一枚の紙。
 差し出している敬語のエルフは、私に押し付けるようにバインダーごと渡すと、そのまま城の内部へと姿を消した。

 目の前に残ったのは、フードの推定身長150センチメートル。腕を頭の後ろで組み、きょとんとこちらを見つめ、一言。
 
「☆のマークがあるところは、必須項目なのだ」

 改めて、紙の内容へ目を向ける。
 “エントリーシート”と題された紙には短文の質問が空白の中に浮いており、記入のためのボールペンが影を落とす。
 これはアレだろうか、「この世界の半分をやろう。その代わりに手下になれ」のような。
 そんなものに屈する私ではないが。

『名前』
 カンナ、と記す。
『出身』
 アレフヘイム、と書いた瞬間に、故郷の姿が思い出される。
『勇者を名乗ってから現在までの期間』
 そんなものを聞いて何になる! と思うが、☆の印を見て年数を数えた。
『これまでの来城回数』
 ……0。

 ここで、紙の全体を確認する。この調子で記入項目が続くのかと思われたが、以降は記述形式の質問が増えていた。

『魔王を倒そうと思った動機はなんですか?』
『そのために苦労したこと、工夫したことなどがあればお聞かせください』
『魔王城にたどり着くまでの中で、一番おいしかった食事を教えてください。(店の場所や名前まで詳細に)』
『魔王を倒してからの展望について、どうお考えでしょうか?』

 落ち着け。私は、勇者だ。
 魔物に襲われた故郷アレフヘイムの生き残りにして、村のみんなの期待を一身に背負う、勇者なのだ。

 勇者は魔王を倒すために存在する。魔王は勇者を迎え撃つ。
 その図式に違和感などない。古今東西、魔王と勇者とは“そういうもの”だからだ。勇者を名乗る私が来たからには、魔王は私を殺そうとしなければならない。
 どうせ、最奥に控えているのは分かっている。それまで、手下どもを倒していかねばならないのも覚悟の上だ。

 なのに、このやり取りの意味はなんだ?
 襲い来る魔物は? 仰々しいダンジョンは?
 なぜこんな回りくどいことをする必要がある?

 私は冷静だった。冷静に、この茶番を終わらせようと、大きく口を開き、

「ふざけ、」
 ドォン! と、鈍重な音が私の言葉に被さる。一瞬で、空気が変わった。
 爆発音ではない。これは、重い扉が開く音だ。
 音源の位置は、私の立つ魔王城入口から見上げる階上。吹き抜け式の広間から見える渡り廊下の中央。

 全力の、何かが来る感。
 同じく見開いた目を上に向ける身長推定150センチメートル。

 そして、扉の奥にいた人物を確認するより先に、

「このタイミングでアポなし訪問とかふざけてんのか!? まったく、これだから最近の勇者は!」

 吐き捨てるような怒鳴り声が響き渡った。

Column

 

【勇者】 全力の、勇者感。

【エルフ】 魔王城へ、ようこそ。

 【推定身長150センチメートル】 小さいと言うと怒るのだ。